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2010.07.04 (Sun)

History of Nakaminami

むかぁ~し、昔の話である。
色町では中洲よりも先に栄えたといわれる雑餉隈に、「銀天町商店街」というローカルなストリートが存在する。
飲食店は勿論、雑貨屋さんや100均、布団屋、眼鏡屋、衣料店が現在も立ち並ぶ。
30年位前は映画館もあり、結構栄えた地区らしく…
なんだったか… 名前は忘れたが、「ビーバップ・ハイスクール」の中に登場する、当時の不良達の憧れの「学生服を売る店」もあったらしい。(39兄さんや、あの“吼えるフカマチ”もお世話になった?)

結構繁盛して、その周辺に生活している人も多かったという。
事実、今でも校区の地域割りで「銀天町」というエリアがあるわけでして…
当時と違うのは、楽しかった ワクワクした 魅力的な 色町が風営法の関係で、ほぼ消滅し、エリアのあちこちにマンションが立ち並び、その場所に生活する人達は結構変化したのだろう。



育成会真っ盛りである。
既に女子のドッヂボールは終わり、7月18日の「男子 ソフトボール大会」に向け、各地域ともにラストスパートの段階みたいだ。
現在の那珂南校区には、「西春町」「春町」「寿町」「JR」「元町」「光ヶ丘」「昭南町」等があり、前述の『銀天町』もエントリーされている。
まぁ… 小学生の(しかも期間限定の)ソフトだから、毎年勢力図は塗り替えられ、レベルも低い。
が…、異常に盛り上がる!
どちらかと言えば、子供達より指導者や保護者の方々が。
何処も同じ。(笑)

話は、昭和61年の夏まで遡る。
育成会ソフトボール大会で大活躍しダントツで優勝したチームがあった。
6年生も多く、体格的に恵まれた子供達は、脅威のバッティングやセンス溢れる守備力で、他を全く寄せ付ける事無く『優勝』に至る事になる。

銀店町チームなのだ!

その「優勝祝賀会」
誰もが不完全燃焼を拒めない気持ちを抱いていた。
“あまりにも楽な優勝”だったことが影響している。
ハラハラする事もなくプレッシャーに邪魔されることもない“楽勝ムード”が 「=満足感」を与えなかったのであろう。
逆に、「こんないいチームを“この時期だけ”で終わらせたくない!」
そんな意見が多かったのも事実。
宴の途中からは、この話題が大半となり
「是非、もっと高いレベルのステージで戦わせたい!」
皆の意見が一致した瞬間であった。

そう、

これが、那珂南クラブの前身…


那珂南ライオンズの誕生


色々と調査した結果、
フレンドシップリーグを選んだわけだが…
随分気持ちが大きくなったもんだ。(爆)


ご想像通り
世の中、そんなに甘くないのである。


昭和61年秋のリーグ
これはフレンドシップリーグ創立(設立?)9年目である。
当時の文献(大袈裟な! 笑)が残っていないので、参加チーム数が不明だが…
那珂南ライオンズの成績だけは残っている。
「第21位」(爆)
多分、おそらく、Perhaps 参加チームは21チームなのだろう。
いつか飲み会の席で8谷さんが「1勝もできんかったもんねぇ~」って言っていた。
(参考までに、この時の優勝は“八田フレンズさん”)

脅威の6年生軍団(銀店町+α)をもってしても、全く歯が立たない


ただ、それからの那珂南ライオンズの練習が凄まじかったそうだ。
平日は毎日練習、夏休みは朝から晩まで…
夕方陽が落ちると、照明の付いている公園に移動して練習していたらしい。
選手はヘトヘト…
保護者の反発も少なくなかったらしい。

屈辱の秋のリーグから年を越し…
翌、昭和62年の春のリーグが「第21位」(優勝は、“板付北クラブさん”)
で…
秋のリーグが「第15位」 (おっ? 少し勝ってるじゃん!)

またひと冬を越え…
那珂南ライオンズ3年目の春のリーグ戦
昭和63年春季リーグで、なんと「第5位」と素晴らしい成績を残している。
当時の強豪揃いのレベルから考えても、この成績は凄い。
更に、その年の秋季リーグは、3年目(リーグ5季目)にして「初優勝」しているのである。
那珂南ライオンズ黄金期の始まりとなる。

その後のフレンドシップでの優勝は…
「平成4年秋」「平成8年の春・秋」「平成19年の秋」の計5回で、これは「フレンドシップリーグ」の中でも、トップクラスの成績に間違いない。(まぁ… ダントツでクリッパーズなんだけど…)

那珂南ライオンズ発足から6年が過ぎ…
7年目の夏の出来事であった。
前監督(創設者)が諸般の理由により勇退することとなった。
(平成4年~5年にかけての「九州大会2連覇」など、前監督の残した功績は大きい)

さて…
次期監督問題が勃発し、紆余曲折、喧々諤々(冗談)の後…
保護者の中から野球経験者にお願いする運びとなる。
われらが『那珂南クラブ』の誕生。
ただ、この方が転勤族であり、平成4年の秋、平成5年の春に指揮しただけで、宮崎(?)へ転勤となり、再び監督問題が発生。
同年の秋季リーグより、満を持して『8谷監督』が就任することとなるのである。

時は流れて、平成19年の秋までの“約15年間”、8谷さんの時代がつづいた。
現在も代表職として、平日の練習や地域との交流にご尽力されている事は、皆さんご承知の通り。


話は長くなったが…


そんな那珂南クラブが、今年の夏で25周年となります。
まる25年!

そこで


「那珂南クラブ25周年祝賀会」を開催することとしました。

ただ、最近の周辺動向では、25周年とか、15周年とかはあまり聞かない気がするので…(笑)
今回は、「那珂南クラブ関係者」で開催したいと考えています。
(30周年は、広く全国にお知らせするとして… 笑)

8月の終わりは、いろんな行事が集中しているので…
今のところ、9月11日(土曜日)あたりを考えています。
那珂南ライオンズ~那珂南クラブの25年間に多少なりとも関わった選手・保護者・指導者…
出来るだけ多く集めたい(80人~100人程度)と思います。
会費は、4000円~5000円で、参加し易い設定とします。

単なる昔話で結構!

当時の思い出話に花を咲かせましょう!

我々現役組が、誠心誠意ホスト役をさせていただきます。

詳細については、改めてご案内いたしますので
どうぞ宜しくお願いいたします。

先ずは、さらっとお知らせまで…




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